私の話

私の話

アズミと名乗っている。本名ではない。
元々ネット上では何の考えもなしに「泡」と名乗っていたが、ある日謎の女から謎の留守電を受けた。

「コイズミさんですよね? いい加減しらばっくれるのもやめてください。今度電話無視したら裁判なので、それじゃ」

当然俺の本名はコイズミではないし電話の主にも無論心当たりはなかったのだが、それが無性に面白くなってしまい、しばらくの間「コイズミ」と名乗ることにした。
それがいつしか泡と合体して「泡イズミ」となり、やがて「アズミ」に落ち着いたのだった。

そのアズミという男だが、神奈川県は川崎の出身である。
本当は母方の実家がある山形の酒田で生を受けたのだが、すぐに川崎に引っ越し、以来四半世紀をそこで過ごしてきた。
大分イメージは良くなってきた方だと思うが、川崎出身と言うと未だに怪訝な顔をされる。その都度弁解しているのは、ラッパーか人殺ししか有名になる手段がないのはあくまで東海道線から東側の港湾地域の話で、俺が住んでいた高津区は精々中学校の廊下をパッパラパーな奴らが原付で走っている程度で、基本的にはのどかなベッドタウンなんですよということだ。
川崎は南北に細長い。そして基本的には北に向かうほど治安が良く、皆が思う「川崎」度は薄まっていく。高津区は丁度中間。治安も中間。溝口のドンキにたむろするイカつそうな若者も、銀柳街の裏手を歩く「そういう人達」とは比べるべくもない。
その川崎で、ラップも聴かず人も殺さず、あくまで閑静な住宅地の構成員なりに大人しく育った。

大して何も分からない状態で、いつの間に私立の中学を受けていた。
思えば確かに日能研とかいう場所に最低でも週二日閉じ込められて、ペンを動かしていたような気がする。しかしその行為が何に繋がっているかをまったく理解していなかった。そもそも、まだ自分と他人さえ容易に区別できない小学生のガキが中学受験の有用性なんて理解できるわけがない。
だから、実際の入試はとにかく面白いくらい落ちた。流石に悔しかったが、落ちたという事象そのものに悔しがっている以外の意味はなかった。

両親にも大枚をはたかせ、最終的に東京の有名私大の付属中学になんとか引っ掛かった。
俺の中学受験へのモチベーションを吊り上げるための飴だったのか何なのか、父は小学生の俺に都度このように言っていた。

「お前、今頑張って大学の付属中に入ったら、その後高校受験も大学受験もしなくて済むんだぞ。他の奴が受験勉強してようが、お前はずっと遊べるんだから。薔薇色の学校生活が待ってるぞ」

何が薔薇色だよと思いながらその言葉を聞いていたが、確かに入学してからの俺は勉強しなかった。本当に勉強しなかった。中間と期末試験前は流石に一夜漬けでどうにかして、それでどうにかなってしまうから余計にたちが悪い。

中学ではひとまずテニス部に入ったが、どうも肌に合わずに幽霊部員と化して終わった。高校では流石に部活くらいは真面目に打ち込むかと、県内でも数えるほどしか存在しないボート部に入った。

「ボートって何やるの? あの公園にあるようなやつ? 腕疲れない?」

人にボート部の話をすると、十中八九こういう質問が返ってくる。マイナースポーツ故仕方がない。強いて言えばドラマ「レガッタ」がヒットしてくれなかったのが悪い。
川崎よろしく都度説明が必要となる。そもそもボートってのは速さを競うスポーツで、公園のようなやつじゃなくてもっと尖っていて、シートがローラーになっていて足を固定するからテコの要領でどうのこうのと説明する。分かってもらえることはない。
ボート部は楽しかった。一方で、何でここまで身体を苦しめさせなきゃならんのだとも思い続けた。雨だろうが雪だろうが何だろうがオールを漕いだりバーベルを担いだり全速力で走ったりして、ヒイヒイ言いながら卒業した。俺はこの歳にして慢性的に高血圧なのだが、ボート部で心臓を傷め続けたせいだと信じている。

オールは握っていたがロクにペンも握らず、それでも大学には入学してしまった。とは言え俺なんかが大学に入れるわけがないと異議を申し立てるのもおかしいから、大人しく大学生になることにした。
大学でも水上絡みのスポーツをすればよろしいんじゃないか、という安直な理由で水上スキーサークルに入ったが、思ったほど楽しくないのと、上級生の人間関係もドロドロしているし、何より練習場まで皆キセルで通っているのが許せず、夏頃には行かなくなった。
これは俺の落ち度だが「辞めます」とも言わずに練習に行かなくなってしまったものだから、秋のインカレに何故か自分の前でエントリーされており驚いた。
出るわけないでしょとお前が辞めるって言ってないからだろの押し問答が始まり、更に金絡みのゴタゴタも続き、結局数ヶ月もしないうちに完全に縁が切れてしまった。

サークルの縁が切れたということで、人間関係を完全にそこに依存していた俺にとっては一気に死活問題となった。
友達がおらん。いよいよ居場所に困り、図書館の飲食フリースペースで弁当を食う、独り。
これはいよいよまずいと思い、別のサークルに入ることにした。そう言えば俺は小説が書きたかった。小学校の頃に椎名誠を読んで以来、ちゃんと小説を書いてみたかった。
文芸サークルに入った。本当に気楽だった。別に小説を書いても書かなくても良かったし、水上スキー部と違ってわざわざ辞めると言わずとも飽きればしばらく寄り付かなければいいだけだし、また行きたくなれば行けばいいだけの話だ。
例えばまったくもって一編の小説も書かず、部室備え付けのゲーム機でスマブラを極め続けるだけの人間も一応部員として卒業まで残り続けたし、誰もそれを咎めることはなかった。それでいい。現在も大部分の同期とは交流があるし、定期的にアンソロジーを作って文フリにも出店している。

文芸サークルに入ったところで当面の居場所は確保できたから、もう少し本来やりたかったことに食指を伸ばしてみようと思った。
バンドがしたかった。これもやはり小学生の頃にB’zを聴いて以来、ずっとバンドミュージックに憧れがあった。
クレジットローンでギブソンのファイヤーバードを買い、学科の授業で知り合いだった奴がいるバンドサークルに乗り込んだ。
結局最初から最後まで人の曲をコピーするだけで満足して終わったが、それでも他人と時間軸を共有して一つのアンサンブルを作り出すというのは、思っていたよりずっと気分が良かった。同期達もおかしな性格を抱えている人間ばかりだったので、輪をかけて良かった。

思ったより楽しかったなと思いながら、やはり学業そっちのけで大学を卒業した。
特に何も成し得ない人間だったもので、就活は当然苦労した。紆余曲折ありながらも、金払いはともかく興味がある業種に就こうということで、CDやレコード辺りのメディアパッケージに強い印刷屋の法人営業に就職した。
ご存じの通り印刷業は下火である。メディアパッケージも趣味の多様化やサブスクの台頭で下火である。
下火に下火がかけ合わさった会社の給与は、まあ、そうだよなという感じだった。別に実家にいる分には何ら問題はなかったし、何より好きで選んだ道ですもんねと見て見ぬフリをして、五年くらいが過ぎて行った。

社会人になってから、浮いた話というのは何一つなかった。
いつしかこれはもう一生独身だろうなと開き直り始め、カメラにバイクに目的のない旅行と、金がかかるかつ孤独な趣味に手を出した矢先、今の妻もとい真栗さんと出逢った。
当時彼女は中京圏に住んでいたため、遠距離恋愛の体となる。互いが東京と名古屋を行ったり来たりして半年が過ぎ、流石にこれじゃ身体も金も持たんと気付いた。だから、やや早いけど同棲しましょうとこちらから持ち掛けた。

「少し東京から離れればそれなりに安くアパートも借りられるし、そっちのがお互い経済的じゃん。だから同棲しよう」
「経済的だから同棲するって、何?」

俺にデリカシーはなかった。
結婚の話もまた、同棲の打ち合わせをしている最中に俺が言った「まあ、最終的にはそういう風にしたいよね」という言葉で八割方決まってしまった。何でそんな大事な話をさも当然のように言うかね、と真栗さんは言うが、デリカシーがない人間には馬耳東風だった。

結婚となると、調べれば調べるほどそれ相応の金がかかるものだと知った。社会性、面子、責任、結局は財力が一定のウェイトを占めてくる。口座のなけなしの貯金と、夏に振り込まれた賞与の桁を見て、いよいよ転職を決意した。
転職エージェントに乗せられてあれもこれもとエントリーしていたら、予想以上に書類が通ってしまった。通ってしまった以上面接は原則絶対らしい。それ、エントリーする前に言ってくれよ。
真夏、働きながらの転職活動は想像以上に気が滅入った。出社する。客先へ回ると見せかけて面接へ行く、何食わぬ顔をして会社に戻るの繰り返し。
当時はコロナの影響でWEB面接も多かったから、出社し、一旦家に戻って面接をし、また出社するという馬鹿みたいな動き方も平気でやっていた。
こうしてようやく得た内定先が今の勤め先で、一応インフラ系の専門商社で、法人営業ということになっている。
つくづく思うが、別に性に合っているわけでもないのに営業をやっているのはスキルや他の選択肢がないからで、大学まで遊び呆けていた報いが今になって表れているのだ。どうせ次転職しても営業なんだろう。

同棲以来、柏に住んでいる。夫婦共に何の縁もない。ただただ築浅で安い1LDKの部屋があったから住み続けている。
環境は悪くない。川崎と違い街の勢力圏が狭いと言うか、中心部の賑わいは同レベルでも一歩外れたらすぐに静かな住宅街という印象だが、いつまでもどこまでもうるせえのよりはマシだろうと思う。
ボロボロの状態で千代田線に乗って都心の事務所へ行き、終電近く、やはりボロボロの状態で千代田線に乗って柏へ帰る。
千代田線には言いたいことが山ほどあるが、とりあえず電波が悪過ぎる。とにかく悪過ぎる。どんなキャリアだろうが本当に悪過ぎる。

次の更新までに新しい住処を決めたいですよね。この歳で結婚しているならもう買っちゃってもいいんじゃないでしょうか。
柏だとちょっと川崎から遠いですよね。子供ができた時、親御さんに助けてもらえないですよ。でも川崎は人気だし高いですからどうしましょうね。でも奥さんの職場は千葉なんでしょ?
って言うか子供はいつ頃の予定ですか? その前に貯金は?
――三十路を過ぎてから、知らない誰かの声が目の奥の方から頻繁に聞こえるようになった。俺の明日はどっちだ。